とある人物から昨年末に「仕事で使っているExcelでちょっと困っている」というお悩み相談を受けました。ファイルの中を覗いてみると何やら関数がいっぱい使ってあります。お困りごとを聞いているうち、「関数だけでは無理、これはソフトを組み込まないと出来ひんでぇ」となり、この正月は何年振りかでVBAでコードを書いて過ごしていますが... 「あれっ?またエラーやん!」(-o-) ... バグ出しまくりです(^^;)
2025年1月4日土曜日
2025年1月1日水曜日
2025 あけましておめでとうございます!
新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
2025年が幕を開けました。仕事以外はほぼサッカーに染まった人生を歩んできましたが、もう一度自分を見つめ直してみるスタートの1年にしたいと密かに思っています。などと言ってしまうと密かでも何でもなくなりますが、そんな大そうな話ではなく、今までやりたくても出来なかった(やらなかった?!)ことも少しずつ始めてみようかなと考えているだけです(^^;)... 66歳、そんなことを考える年ごろなんでしょうかね?そんなことをやり出したら、またここで...
2024年12月28日土曜日
2024年振り返り
今年もいろいろあった2024年、自分なりに簡単に振り返ってみます。
◆お仕事
数年前からクラウドのデータベースを利用したシステムの開発に携わっていますが、クラウド化は便利な反面、ハードもソフトも見えない部分だらけで苦慮する場面もしばしば。文字通り「雲をつかむような仕事」がしばらく続きそうです ... (^ ^#)
◆伊勢旅行
11月、小学校の同級生で伊勢に1泊2日の旅に出ました。小学校6年生の修学旅行で泊まった旅館を半世紀ぶりに訪れ(閉館してましたが)、温泉、宴会、ゴルフなど大変楽しい時間を過ごしました ... (^ ^)
◆高校同窓会
高校の学年同窓会が1月に行われました。回を重ねるたびに出席者は減っており、顔ぶれもだんだんと収束、固定化している感じです ... (- -;)
◆同級生の死
また一人 ... この秋、仲良くしていた高校時代の同級生を病気で亡くしました。何の前触れもなく、あまりに突然で言葉が出ませんでした ... (; ;)
◆サッカー
私の後輩がコーチをしている近江高校が1月の全国高校サッカー選手権大会で準優勝に輝きました。その喜びも束の間、アジアカップで日本代表がベスト8で敗退。ちょっとショックを受けましたが、その後は立ち直って連戦連勝、W杯アジア予選も独走状態です。来年3月には世界最速で本大会への切符を獲得してほしいです ... (^ ^)
◆ゴルフ
残念ながら今年は70台が出ませんでした。来年また頑張ります ... (^ ^;)
2024年12月21日土曜日
「犬猪会」忘年会
「犬猪会(いぬいかい)」という小学校の同級生の会があります。昭和33年4月~34年3月に生まれた同級生(現在66歳または65歳)の会で、干支が犬と猪であることから「犬猪会」と命名されました。その犬猪会にはゴルフの会もあります。年の暮れ、お昼にみんなでゴルフを楽しんだ後、夜は恒例の忘年会。昼間のゴルフの話、他の同級生たちの話、昔の想い出話などに花が咲き、大いに盛り上がりました。都合のつかない人もたくさんあったので今回はフルメンバーではありませんが、こうやって少ないながらもいつも必ず集まってくるメンバーがいるのはとても嬉しく、また幸せなことで、これからも犬猪会が長きに渡って続いてほしいものです。
2024年12月10日火曜日
涙が出てきた
日本時間の12/10(火)夜、ノルウェーのオスロでノーベル平和賞の授賞式が行われ、日本被団協の田中照巳さんが自身の被爆体験、過去の活動や被爆者の現状、そして世界に向けて核廃絶の重要さを訴えられました。実際に演説が始まる前まではこれほど長い時間に渡って粛々と話されるとは、また感動的な演説をされるとは思いもせず、特に自身の被爆体験の話をされている時には自然と涙が出てきました。7年前に長崎原爆資料館を訪れ、また今年の夏には広島原爆ドームを訪問、それなりに原爆被害に関することは少しは知っているつもりでしたが、この演説には自然と引き込まれ、聞いているうちに薄っすらと涙が浮かんできました。田中さんのこの演説が世界中の人々の心に届き、核兵器廃絶に向けて大きく歩みを進める一助になればと思います。
2024年12月7日土曜日
66歳になりました
今日、66回目の誕生日を迎えました。家族や近しい友人からお祝いの言葉をもらっただけでなく、FacebookなどのSNSを通じて多くの人たちから「おめでとう!」という言葉をかけてもらいました。本当にうれしく、また有難いことです。若い頃と違ってこの歳になってくると何だか人生の終わりにまた一歩近づいたみたいな感覚もないことはないのですが、それよりも「さらに1年人生経験を積んで人間がまた少し大きくなった」ことへのお祝いだと思いたいですね。65歳になった1年前からいろいろな出来事がありました。いいことばかりではありませんでしたが、それでも自分が通ってきた道はきっといい道だったのだろうと思っています。今日から始まった66歳が今までの人生の中で最高の1年になるようにしたいものです。尊敬しているカズ(三浦知良選手)がCMで言っているセリフ「昨日の自分を超えること」を私も肝に銘じて66歳からの人生を歩んでゆきたいと思います。
2024年11月20日水曜日
厳しいアウェイ2連戦、乗り切った!
2026W杯アジア予選
中国代表 1-3(0-2) 日本代表
アウェイ2連戦となった中国との試合は年内最後の試合。点差はともかく勝利で勝ち点3を取ることが出来れば来年3月のホームでの2連戦でW杯への切符が確定させることも可能になる大事な一戦でした。前節のインドネシアとの試合が1日後ろになっていたため、中国代表より休養日が1日少ない厳しい状況。それもあって、スタメンは前回より5人変更になっています。6万人の相手サポーターの大声援は予想していましたが、ピッチ幅が約3mも狭くされていたり(三笘や伊東の動くスペースを無くそうとしたのか??)、日本の国歌吹奏時にブーイングをしたり、相変わらず相手チームへの敬意を感じることなく試合が始まりました。試合の方は相手のラフプレー気味の激しいプレーなどで前半なかなか決定機を作ることが出来ませんでしたが、久保のCKから小川のきれいなヘディングシュートが決まり、日本が先制。前半終了間際には再びCKから板倉がダイビングヘッドを決めてくれました。この日は日本代表も少し疲れがあったのか、後半に中国に1点返された場面では細かいミスが2つ3つ重なってしまったように思いました。ただ、その直後にすぐ3点目を入れ返したのは良かったと思います。もっとスッキリ勝ちたかったでしょうが、アウェイのこの状況の中で3-1の勝利、先ずは「良し」ということでいいと思います。これで勝ち点16として次のホームでの2試合(3月埼玉)がさらに楽しみになってきました。出場権を獲得できれば新しい選手を使ったり、違うシステムを試したり出来ます。来年3月の試合は今回招集出来なかった選手(冨安、伊藤、上田)を含め、違ったメンバー構成になるかもしれませんが、新しい選手の台頭も期待したいところです。
2024年11月18日月曜日
また一人、友人との永遠の別れ
3年前、長く一緒にサッカーをしていた親友を病気で亡くし辛い思いをしたのですが、先日また一人、親しくしていた友人(高校の同級生)が亡くなってしまいました。高校卒業後、別々の大学に進み、社会人になってからも長い間離れていましたが、60歳前にFacebookでつながり、最近になって同じようにFacebookでつながった高校時代の男女7人でFacebookやLINEで交流が始まりました。そのメンバーで博物館やフラワーパークへ遊びに行ったり、飲み会をしたり、この夏には高校時代の恩師宅を訪ねてみんなでBQをして楽しい時間を一緒に過ごしたりと、実に仲のいい7人でした。先日、その中の一人が突然病気で亡くなるという悲報が入り絶句してしまいました。「60代は要注意!」みたいな話をよく耳にしますが、3年前の親友に続いて身近な友人がこうやって突然いなくなると何と言うか「人生のはかなさ」を強く感じてしまいます。来月には私も66歳の誕生日を迎えますが、健康に注意するという当たり前のことくらいしか命を守る手立てはなく、それでもダメな時はダメ。もうそんなことは神さましか知らないこと、自分はこれからも自分らしく生きてゆくしかありません。今はただ、亡くなられた友人のご冥福を祈り、ご家族の方々の心の傷が早く癒えることを願うばかりです。
2024年11月16日土曜日
日本代表は勝ったけどDAZNの無料放送は...
2026W杯アジア最終予選
インドネシア代表 0-4(0-2) 日本代表
7万人以上の観客のほとんどがインドネシアの熱狂的なサポーター、試合開始前から異様な雰囲気の中で行われた試合は序盤のピンチを切り抜けた日本が4-0で勝ち、スコア上では圧勝という結果になりました。激しい雨が降る中、細かいボールタッチを得意とする日本にとっては不利な条件が揃うゲームでしたが、それでも試合を支配したのは日本でした。得点差はともかく勝ち点3が欲しかった日本にとっては少しホッとする勝利だったと思います。日本の勝利に喜んだ反面、残念だったのは試合をネット配信したDAZNのTV中継です。解説者以外にタレント数名が出演、常にワイワイガヤガヤとおしゃべりをしている音声が入り続け、そのスタジオの映像が画面の左側に映ったまま。とても試合に集中できる放送ではありませんでした。通常は有料放送となるところを無料で配信してくれるところまでは良かったのですが、いかに無料とは言え、これではずっと見続ける気になりません。おしゃべり無し、解説も無しでいいので、現地音声と映像だけでフル画面放送にしてほしいくらいです。次週19日の夜の中国とのアウェイゲームも無料配信されるようですが、このタレントさんたちのおしゃべり音声と映像は何とかならないものでしょうか?放映権料が異常に高騰しているとのことで、TV局の事情もわからないでもないですが、やっぱり通常の地上波もしくは衛星放送での放送をしてほしいものです。
2024年11月3日日曜日
◆ もう一度会いたかった..小学校の先生 ◆
その先生は私が小学校5年生の時に新任(新卒)で日野小学校に来られ、卒業までの2年間、私たちのクラス担任の先生になりました。名前は山村先生、滋賀大学教育学部を卒業されたばかりの若い先生でした。滋賀大学時代はサッカー部で、その当時も大学のOBチームでサッカーを続けておられました。小学校では勉強だけでなく、放課後にサッカー教室を開いてみんなにサッカーを教えてくれていました。サッカーの楽しさを伝えたいという先生の一途な気持ちを私も子供心ながら肌で感じてはいたのですが、当時、私はサッカーではなく野球ばかりしていました。「山口はサッカーではなく、野球の道に進む子供だ」と山村先生はきっとそう思われていたと思います。小学校を卒業し、山村先生とお別れした数年後、私も野球をやめてサッカーをするようになり、大学生の時に山村先生に「大学でサッカーをしてます!」という年賀状を出したところ、「うれしい!」という返事が返ってきたのです。山村先生のサッカー教室に参加していた同級生の中で大学までサッカーを続けていた人はおらず、小学生の頃はサッカー教室に見向きもしなかった私が結局「クラスの中で一番最後まで長くサッカーを続けていた教え子」になっていたのです。私と先生の歳の差は12歳くらいですから、私が大学生の頃、先生はその当時まだ30歳そこそこで、いつか近いうちに一緒にボールを蹴りたい!そう思っていました。
ところが、私が大学を卒業して数年後、山村先生は病気で亡くなられてしまいました。小学生の時に先生のサッカー教室で一緒にボールを蹴ることがなかったので、いつの日かもう一度会って一緒にボールを蹴り「僕はこんなに上手くなってるんですよ!」って先生に伝えたかった。それが実現できなかったのが今でも悔しくてなりません。もう少し早く会えていたら... 会いたかった人に会えなかったというのがこんなにも辛いものなのか、その辛さをこの時初めて味わったのです。
山村先生...
「私があれからもずっとサッカーを続けていたのを天国で見てくれてましたか?私が死んで天国に行ったら一緒にボールを蹴りましょう!」
とうとう降ってきました
ここ滋賀県南部でも降ってきました。まだまだ序の口ですが、この先が心配です。福井や石川など北陸の方はもっと大変でしょうね。心配です...
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その先生は私が小学校5年生の時に新任(新卒)で日野小学校に来られ、卒業までの2年間、私たちのクラス担任の先生になりました。名前は山村先生、滋賀大学教育学部を卒業されたばかりの若い先生でした。滋賀大学時代はサッカー部で、その当時も大学のOBチームでサッカーを続けておられました。...
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日本時間の12/10(火)夜、ノルウェーのオスロでノーベル平和賞の授賞式が行われ、日本被団協の田中照巳さんが自身の被爆体験、過去の活動や被爆者の現状、そして世界に向けて核廃絶の重要さを訴えられました。実際に演説が始まる前まではこれほど長い時間に渡って粛々と話されるとは、また感動...
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大学生の頃、サッカーで苦楽を共にした友人のYくんとSくんとの再会を果たすべく静岡に行ってきました。何年ぶりになるのでしょう?サッカーだけでなく、当時は私生活でもいろいろとお世話になり、お礼方々そちらに行って会いたい旨の申し出をしたところ、このたびそれが実現しました。宴席でこって...